何かが変わると思った

十八章 “王の庭”   2





 お前は、幸せか?

 うん、幸せだよ。

 

 

 

 

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 帰ることを告げて回っていれば、いつしか人気のないところに出た。西塔……そこにいるのは、あの狂ったような青年。

「……サイアス」

 呼ぶことを許された名を囁く。躊躇なく、いつぞやのように塔を昇る。

「サイアス」

 求めるように名を呼んで最上階の扉を開けば、サイアスはそこに立っていた。そしてその横に、

「イルク」

 蔵書室の主たる者もいる。二人は十織を目に止め、微笑すら浮かべず単刀直入に確認した。

「帰るのか」

「戻るのだろう」

 十織は頷き、並び立つ二人をじっと見る。推測は、付いていた。けれど、それを訊く理由も、度胸も、十織にはなかった。

 ……兄に疎まれ、幽閉された男。

 ……ひとと関わらず、本の中で暮らす男。

 十織には、どちらの気持ちもわからない。少なくとも十織は、家族にそれほどまで憎まれてはいない。他人の中にある自分を無視することはできない。それでも、どこかが似ているのかもしれない。

 ひとは、ひとの中に自分を見るという。ならば、この二人の生き様もまた、十織の中に存在するものなのかもしれない。

 ただ、一つだけ、訊こうと思っていた。

「ねえ、サイアス」

「ああ」

「ねえ、イルク」

「何だ」

「……幸せだった?」

 二人は答えとしての言葉を紡がず、一方は微笑、一方は目を閉じた。

 ――訊かずとも、答えは知れたもの。彼らは恐らく、幸福から見放されていた。

 

 

 さよなら、と口にして十織は身を翻した。その背に、サイアスが訊く。

「お前は、どうだ。……幸せか?」

 十織は振り返らず、小さく頷く。

「勿論だ。……幸せだよ」

 そう答えた十織を、サイアスと、イルクまでもが、わずかに微笑んで見つめていたことを、十織は知らない。




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