十八章 “王の庭” 3
もう、逃げませんね? うん、逃げないよ。 ========== 二日目は、街に出る。彼に会わなければいけない、と強く思う。十織と同じ、異世界の者。二つの家族をもった男。 「拓考さん」 儚い花が咲き誇る庭に、以前のように拓考はいた。淡い微笑みを浮かべて立っている。 「十織さん」 漢字を理解した男の発音に、懐かしさが募る。地球、日本。十織が生まれ住んだ場所。いまだこの世界では異邦人で、もし留まり続けても変わらず異邦人であっただろうことを、十織に感じさせる。 「拓考、さん」 言葉が、続かない。……十織は、彼の後悔を知っている。拓考は同じ轍を踏まないようにと十織に忠告をくれたし、また運良く、その忠告を受け入れることもできた。 そう、偶然なのだ。十織が地球に帰ることを、決められたのは。 「……拓考、さん」 ほんのちょっとの偶然が、十織と拓考の道を分けた。どちらがより素晴らしいかなんてわからない。けれど、拓考の道はきっと、十織以上に険しいものだった。 胸に湧き上がる罪悪感のようなもので十織が口ごもっていると、拓考は穏やかに笑んで、 「安心しましたよ。……私の存在も、無駄ではなかった」 十織の肩を、ぽんと叩く。励ますように。 名残を惜しむように何度も振り返る十織に、拓考は苦笑気味に尋ねた。 「もう、こんな遠くへは、逃げませんね?」 十織は立ち止まり拓考を見つめると、はっきりと頷く。 「大丈夫。……逃げないとは言えないけど、逃げない、から」 矛盾をはらんだ表現に苦笑を深める拓考を、十織はもう一度、強く見つめて。それから振り返らずに歩いていく。その背に、拓考は深く、礼をした。
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