何かが変わると思った

二章 “王宮の明るい廊下”   2





 その魔術名通り、廊下は普段よりも華やかに明るい。危険なことなど何もないよと主張するように、ぱっと明るい。……けれど、これだけ明るくても、道を逸れたらいけないのだという。

 もし、この魔術に巻き込まれたのが十織一人ならば。

 十織は、どこかへ飛ばされていたことだろう。それがいいことか悪いことかなど、わかりはしないが。

 ――結局、どこにいようと同じなのかもしれない。どこか、そう、どこかへ行けるならば、それはきっと悪いことではない。どこにいようと、十織は十織だ。それに変わりはない。

「トール、離れるな」

 名を呼ばれ、はっとする。気付けば、アルスとの間に二メートル以上の間がある。何ぼんやりしてるんだ、と言われてむっとすると、私は迷子でも子どもでもないんだけどと足を止める。

「おい」

 アルスもまた足を止め、体ごと振り返る。苛立った目が十織を睨む。

「トール、今そんなことやってる場合じゃ、」

「この際だから、一つ訊いとく」

 アルスの言葉を遮り、十織は振り返ったその目を見つめる。十織にしてはやけに静かなその目に、アルスは続けようとした言葉を呑み込む。

「……何だ」

 唸るような声で先を促せば、十織はわずかに視線を逸らす。

「あんた、何でさ……私を、元の世界に戻そうとするわけ?」

 改めてそう問われたアルスは、今さら訊くのかそれ、と不可解げに眉をひそめる。

「それは、当たり前だろ。だってお前は、」

「この世界の、人間じゃないから?」

 両者、黙る。さらにきつく眉を寄せたアルスは、わかってるなら何故訊く、と警戒する。それに十織は、それってそんな重要なの、と問いを重ねる。

「それは、もちろ、」

「本当、に?」

 十織は、意図が読めずにいるアルスの言葉をまた遮る。何度も言葉半ばに口を挟まれたアルスは、不機嫌になり言い捨てる。

「わかりきったことを、訊くな」

 十織は口を閉じ、やや視線を落とす。

「……そう。わかった」

 温度のないその声に、一瞬背筋が冷やりとする。

「……トール?」

 名を呼べば、十織はすっと顔を上げ、アルスの横を通り抜ける。

「行こうか」

 その背を慌てて追い半歩ほど前に出たアルスは、規則正しい速度で進む十織の顔をちらりと見て、その視線がただ真っ直ぐ前に向けられてアルスを捉えないことに狼狽する。

「……トール」

 十織は何も言わず。かつかつと、足音だけを響かせる。

 

 

 そうして、明るい廊下には、険しい顔をした男女が一組。

「……出よう」

「……ああ」

 しばらく経ってようやく交わした言葉は、それだけだった。




前へ   目次へ   次へ