三章 “蔵書室の主” 1
――司書長アラバサスには、知られざる友がいる。 「トール、書庫から本を探してきてくれ!」 名指しされた十織は返事をして立ち上がり、リストを受け取ると書庫へ向かう。リストにある本は八冊、年代の古いものが数冊混じっていて、何階か地下へ下りなければならない。それが面倒で、十織が指名されたのだ。閉架書庫は別に嫌いでないので、先輩特権の頼まれ事をされても断るつもりはない。 広い閉架書庫内は、魔術の作用なのだろう、ひとが側を通ると燭台の光が灯り、しんと冷えた書庫内をぼんやりと浮かび上がらせる。 「ま、ま、ま……」 一番手近なマ行の棚の前で、目的の本の一つを探す。あっさり見つかり、次の棚へ。それもすぐ見つかり、階段で下りる。二階下の部屋は、何だかとても寒かった。冷気が足元を漂い、肌を撫でていく。 「うっわ、寒……」 何でこんなに寒いのかと思いながら、さっさと探そうと足を速める。 ――その、途中。 「……え?」 備えられた、使う者のない閲覧用の机に、本を広げる人影。声を上げた十織をつと見やるその目の色は、青がかった灰色。白い顔を縁取るのは、真っ青な髪。 「だ、れ?」 床に引きずりそうに長い黒のローブを着た青年は、静かに立ち上がり、狼狽する十織に近寄る。 「……名前を訊くなら、まず名乗れ」 十織より数歳年上ほどの青年。この寒い部屋の中、震えもしない。何とはなく薄気味悪さを感じながら、彼のまとう妙な威圧感に負け、名乗る。 「片倉、十織……です。十織が名前で、蔵書室で働いてます」 警戒する十織に、青年はそうかと頷き、名乗りを返す。 「私は、イルクだ」
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