何かが変わると思った

三章 “蔵書室の主”   4





 アラバサスは、イルクと向き合いため息をついた。

「イルク……こういうのは、やめてくれ」

 この友は、アラバサスの苦情など聞きもしない。けれど、言わざるを得ない。アラバサスは司書達の長であり、蔵書室の主だからだ。

「何故だ?」

 案の定そう訊かれ、アラバサスはまたため息をつく。誰だって自分の過去を誰かに読まれるのは嫌だろう、と訴えてみるも、イルクは首をひねるばかり。

「私は別に、構わないが」

 そうだろうな、と苦笑。イルクに感情論は通じない。言うだけ無駄だが言ってみたアラバサスは、やはり無駄だったことにまたため息。

「お前も読むか、アラバサス。実にくだらないことばかり、書かれているが」

 異世界人というからもっと面白いと思ったんだがな、と残念そうなイルクの勧めを、アラバサスは断る。彼には、ひとの過去を知る権利も義務も趣味もない。

「……くだらないな。家族など、気にも留めず放っておけばよいものを」

 本を読みながら、そう呟くイルク。それを本気で言ってしまう辺り、イルクには何がしかの感情が欠けているのだろう。

「そんなことは……できないものだ」

 本のみに囲まれ一人でいることを苦痛にさえ思わない、アラバサスの同僚、イルク。もう一人の蔵書室の主に言い聞かせるように、アラバサスは言う。

「……ひとを切り捨てるなど、簡単にできるものではない。イルク」

 

 アラバサスが背を向けると同時に、イルクはその場から、すっと姿を消した。

 

 

 

 

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 返しておいてくださいとあの本を手渡した時、アラバサスはとても苦々しい顔をしていた。すまないと謝ったということは、アラバサスはそれがどういうものか、知っているということ。これは何ですかと問うた十織をはぐらかした理由は、昨日の夢にあるのだろう。

 十織はそう確信し、あいつ悪趣味だ、と想像の中でイルクに向かって唾を吐いた。




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