何かが変わると思った

四章 “魔術師寮と騎士寮の隙間”   3





 横向きに進む二人の前にも後ろにも、壁しかない。殺風景で汚れた冷たい壁、逃げ道は右か左……進むか、戻るか。

「……なあ、トール」

 じりじりと先に進みながら、エルグが十織に話しかける。

「……何?」

 その後を追いながら、十織は返事をする。エルグは顔を進行方向に向けたまま、

「お前さ、何で帰らないんだ?」

 尋ねる。十織はまたかとため息をつき、

「帰らないと、おかしいわけ?」

 そう問い返す。エルグはしばらく黙り込み、別におかしくはないけどと言い淀む。

「おかしくは、ないけどさ。……帰りたくない?」

 その訊かれ方は、あまりない。十織は頬を吊り上げるように笑む。

「……誰が、あんなところに、帰りたいなどと思うもんか」

 それを聞いたエルグは、そうなんだと言ったきり、口を閉ざした。

 

 

 

 

==========

 

 ……結局その隙間の奥に何があったかというと。

 

 

「エルグ、トール、秘密だよ?」

 そこは、秘密の花園になっていた。この隙間を通らずとも来られる方法は、二人が行き着いた時すでにいた彼らだけが、知ることだという。

 

「秘密にしておくれ。たまには遊びに来てもいいから。ね?」

 本当に美しい花園だった。白と青を基調とした、様々な花が咲き誇る日だまり。幼い少女と麗しい美女が、こんな場所を好まないはずがない。

 

「秘密にしてくれるなら、歓迎するよ。……よく来たね、二人とも」

 花に囲まれる妻と子を見守りながら。珍しい色彩をもつ彼は、自らの娘とよく似た少年を膝にのせ、笑っていた。

 

 

 

 

==========

 

「おいおい二人とも、奥には何があったんだよ、教えてくれよ!」

 何もないと言ったのに、二人の様子から――面倒にも――何かがあったことを感じ取ったガイルジオが、しつこくそう迫る。うざったいと思いながら、エルグは適当にはぐらかし、十織は一刀両断の勢いで切り捨てる。

「ひどすぎだって、俺を仲間外れにするなよ!」

 ……それでもめげないガイルジオの問いは、しばらくの間続いたのだった。




前へ   目次へ   五章の1へ