何かが変わると思った

五章 “王女の子”   2





 後日のこと、廊下を歩いていた十織はその光景を目に止め、抱えていた書類を床にばらまけた。

「あ、トールさん! どうなさったの?」

 ファリナが駆けつけてきて、床に散らばった紙を拾い集め始める。それに従いファリオも紙を集める。そして、

「ファ、リナ、様。あの……そちらの方、は?」

 ――もう一人、深緑の髪と淡空色の目をした、ファリナとファリオよりやや年下に見える、少女。三人は手分けして紙を集め、十織にそれを手渡す。

「あら、トールさん。この間言ったじゃないの。この子は、私の娘よ」

 少女は小さく頭を下げ、十織をじっと見上げる。その髪と目の色彩は、ここにいる三人にそっくり共通するものだ。

「あの……娘、ですか? ファリオ、様と同じような、杖、とかではなく?」

 ファリナはにっこりと笑い、杖ではないわ、それに父親もいないけれど、と意味深な言葉を続ける。さらに、困惑で頭が回らない十織を見ながら、ああそうだわ、と両手の平を打ち合わせる。

「トールさん。この子、まだ名前がないの。だから、名前を付けてもらえない?」

 その時点で、十織の脳は許容量をオーバーした。は? と頭が真っ白になっている十織を放って、ファリナはどんどんと事を進めていく。

「異世界では、どんなお名前が普通なのかしら?」

 問われるがまま、頭にくるくるといくつもの名前が回る。何か言わなければ、と咄嗟に飛び出たそれは、

「あき、ら」

 

 ――明、晶、彰……どの漢字を当てようか?

 

 

 アキラ? と復唱され、はっとする。いいえ、あの、と撤回しようとするも、遅い。ファリナは、少し言いにくいわ、と考え込み、ではキラにしましょう、ともう一度笑顔で手を打つ。

「キラ。キラよ! キラ、良かったわね、名前よ。貴女の名前よ!」

 キラ、と名前を与えられた少女はふわりと微笑み、ファリナとファリオと、両手を繋いだ。




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