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          何かが変わると思った

五章 “王女の子”   3





 十織はその足で、ルウロの下へ向かった。宮廷魔術士のルウロは、王とその妻子に続いて珍しい、藍色の髪と深紫の目をした青年で、人当たりは悪くないが少し天然だ。はっきり言って、十織はあまり得意な方でない。

「ルウロさん、今ちょっとお時間よろしいですか」

 自室で本に埋もれていたルウロは、十織に呼びかけられ本の山から顔を上げる。ふにゃりと笑みを作り、こんにちはトールさん、とぼやけたような声で言う。

「こんにちは。早速ですけど、質問がありまして。訊いていただけますか?」

 出し抜けな十織にルウロは怒ることも慌てることもなく、お茶を入れますねとゆっくり席を立つ。結構ですとばっさり断った十織は、はいもいいえも聞かないまま、質問だけをさっさと口にする。

「先程廊下で、ファリナ様にお会いしました。“娘”だという少女をお連れになっていたのですけど、ファリナ様くらいの年の方に娘など、いるはずがありませんよね。でも、髪と目の色、顔立ちもよく似ていました。……あの少女は、誰です?」

 ルウロはその問いを聞いていたのかいなかったのか、たっぷり二分はかけて用意し、茶を蒸す間に口をきく。

「そうですか……。ファリナ様も、もうそんなお年なのですね」

 感慨深げな声に、そんな年でないから訊きに来たのだがと内心文句を言い、顔をしかめる。苛々しながら口を開くが、その口から皮肉だか罵声だかが飛び出す前に、

「セレィス王族の方はですね。男女の交わりなく、子を一人成します」

 そう説明し始める。カップを温めた湯を空けるルウロを見つつ、その言葉に集中する。

「王族は、魔術師としては優秀すぎます。そしてその力は、ある程度まで育った後、爆発的に強くなっていきます。自滅するほどに」

 紅茶を注ぐ。琥珀色の液体がカップに満たされていく。

「だから、そうなる直前に、王族は力を分けるのです。多すぎる分を捨てる、と言ってもいいでしょう。そして、体を離れた力は収束し、一人の“人間”が誕生します」

 ソーサーに載せたカップの一つを、ルウロは十織の前に差し出す。にこりと微笑む。

「その少女は、ファリナ様の分身であり“娘”。そっくりなのも、当然ですね」

 差し出されたカップを、躊躇いつつ受け取る。そっと口に含んだ液体は、蒸しすぎたらしく渋みが出て、少し苦かった。

「トール、ファリナ様は、“娘”に名前を付けられましたか?」

 問われ、十織は正直に答える。キラという名を与えるに至った経緯を。ルウロは紅茶をふいて冷ましつつ、その湯気越しに十織へと笑いかける。

「そうですか。……名前を付けたのなら、育てるおつもりなのですね」

 

 ――もし名を付けなければ、捨て置くはずの命でした。

 ルウロはそう言い、目を閉じた。

 

 

 

 

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 ファリナ、ファリオ、キラ。三人の子どもが駆け回る足音は、時折蔵書室の窓の向こうから、室内へと木霊する。




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