六章 “西塔の住人” 1
――あの塔に近付いちゃ駄目よ。呪いを受けてしまうから。 子どもに言い聞かせる寝物語のような忠告を、以前セレフェールから受けてはいた。それを信じて怖がるほど子どもではなく、また反発して冒険に行くほどに子どもでもなかった。正確に言うならば、今の今までそんな言葉はすっかり忘れていた。 今、その塔を目の前にして。十織は、その言葉を思い出しながら静かに瞬きを繰り返す。 ……誰かが、いる。 ========== 長い螺旋階段を上る。くるくると回って、上っているのか下りているのか、段々判断がつかなくなってくるほどだ。その片手には書類の束。これが風にさらわれてこの塔の前まで飛んでしまったがために、今こんな状況なのだが。 ――呪いの塔に住む者が、はたしているだろうか? 少なくとも、十織ならば住まない。危ない橋は避けて通るのが賢明である。それでなくとも、こんな長い階段を使わねば部屋に行き着けないような場所、わざわざ住みたくはない。けれど確かに、塔の最上階に人影を見た。何度瞬きをしても人影は消えなかった。見間違えではない。 そして、これはこれで愚かだとは思うが、十織はその人影が気になり最上階目指して塔を上っている。誰がいるのか知らないが、こんな塔の上にいるなんて酔狂な人間だ。……勿論、好奇心だけでわざわざ上ってくる十織も、随分と酔狂ではあるが。 塔を上れば、空が少し近くなる。吹く風の温度も変わる。風景が、世界が変わっていく。それに憧れかつて天を目指した人間達は、神の怒りを買った。 そう、それが呪い。今なお、人間を苦しめるものだ。 螺旋を上りきる。たった一室、塔の最上階に当たる部屋の扉を開く。中には……。
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