六章 “西塔の住人” 2
アルスはその日、ここ最近通いつめるようになってしまった王宮にいて、友人である魔術師ディクレイドとともに、問題児の十織を説得するために、廊下を進んでいた。このディクレイドは、十織の頑固さに参りアルスほど口うるさくは帰還を促さなくなったが、十織がローザリアに居残ることについては一貫して反対し続けている青年である。 「なあ、ディク」 淡い茶髪緑目をしたディクレイドは、アルスに呼ばれ、何かなと首を傾げる。 「あいつはどうして……帰ろうとしないんだろう」 アルスはぽつりと呟き、ややうつむく。一年間ずっと十織を気にかけ続けてきた者として、悩みもそれなりに大きいのだ。そんなアルスに、ディクレイドは真顔で言う。 「甘えだろうね」 そう、断言する。甘え、と繰り返すアルスの目を見つめ、 「多分、元の世界よりも、ここの方が居心地がいいんだよ。甘えてるんだ。逃げてるんだよ。だから、アルス。君は、何も悩まなくていいんだよ。迷わなくていい。間違ったことなんて、たったの一つもしてないんだから」 安心させるように、微笑む。その笑みを向けられたアルスは、甘えか……、と小さな小さな声でこぼし、廊下の先を遠く見やる。 「……ん?」 そこに予期せぬ人影が右往左往しているのを見て、リーエスタと名を呼べば、耳聡い王宮魔術士はぱっと振り向く。 「アルス、ディク」 困惑した表情に顔をしかめ、どうしたんだと近付く。リーエスタはちらりと上を見て、二人に歩み寄りながら、 「誰かが、上ってるみたいなんだ」 ちらちらと視線を向ける先には、かの西塔。 「西塔に? 誰が」 元からそれほどひとが近寄る場所ではない。ましてや、ここに上るなど。 「わからない。追いかけようにも、俺は上れないし、お前達も駄目だろ?」 アルスとディクはそれに頷く。……そう、彼らの誰も、この塔には上れない。 「大丈夫、だとは思うけど。“あのひと”は、凶暴なわけじゃないしね」 ディクレイドの言葉に賛成しつつ、アルスとリーエスタはなお心配げな顔で塔を見上げる。 「……誰、だろうな。“あのひと”に、認められたのは」
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