何かが変わると思った

九章 “異世界人の家”   2





 三人は結局、招かれるがまま、建物の中へと足を踏み入れ、応接間らしい一室に通された。

 外門から玄関までの間に広がる左右対称の庭には、淡い色調の儚げな花が、無造作に見えるほど一面に植えられている。それが夜風に吹かれてざあっと音を立て揺れる様は、美しい。そして、そこはかとなく寂しくて……何となく懐かしい気が、十織にはした。

 建物の中は、外見よりもずっと質素だ。こうして中をのぞけば、屋敷というより家の方が正しいことはよくわかる。一人で住んでらっしゃるの、と尋ねたセレフェールに、妻と娘がいます、と青年は言う。そして、

「あなた達も、肝試しにいらしたのでしょう?」

 そう訊く。三人はぎくりとする。いえあの、としどろもどろに言葉を重ねるキィスに、困ったものですねと苦笑を見せる青年。

「この家に入った者は一つだけ素晴らしい土産を手にする、という噂でしたか? 確かに……そういう事実は、あるのですけれど」

 え、と目を丸くした三人、矢継ぎ早に、

「本当なんですか?!」

「あら、本当に?」

「……いや、普通、嘘でしょ」

 十織一人だけ疑いの目を向ければ、青年は頷く。勿論嘘ですよ、と。

「え、嘘なんだ……」

「何だ、そうなの……」

 あからさまに落ち込むキィスとセレフェールに、十織は呆れ顔、青年は微笑を向ける。

「こんな曖昧な噂、普通眉つばだって」

「まあ、噂なんてそんなものです。……でも、折角お招きしたのですから、少し家の中を探検してみますか? 今日はちょうど、私以外この家には誰もいないですし。私も、この家の中を全て知っているわけではありませんから、もしかしたら、そういう噂の元になる何かが、本当にあるのかもしれませんね」

 物を壊したりしなければ部屋なども好きに見てくださって構いませんよ、という青年の申し出に、セレフェールが浮上する。いいのかしらと目をきらきらさせるセレフェールに、よろしいですよと答える青年。でも、と遠慮気味なキィスに、遠慮なさらずにどうぞ、と微笑みを深くする。二人は青年に促されるまま、いそいそと部屋を出ていった。

 忘れ去られて部屋に残った十織は、妙に親切な青年を、いまや完璧に怪しんでいた。扉の脇までじりじりと移動し、

「あんた……何が目的?」

 ぎろっと睨む。

 ――そもそも、おかしい。噂を知っていて、わざわざひとを家に招くだろうか。家の中を捜索させて、何の利点があるというのだ。家の中を他人に下足で荒らされるのを、快く許可する人間がいるものか。

「あんた本当に、この家の、住人?」

 警戒心むき出しな十織の問いに、青年は優しく微笑む。

「ええ、この家に、住んでいます。今も」

 ……ただ、話し相手が欲しかったのです。久しぶりのことだから。

 そう言う青年に危険は感じない。十織は体の力を抜き、どういうことだと説明を求める。青年は少し考える間を置いてから、私は、と口を開く。

「私は……ヒロと言います。本名は、ヒロタカ。ニシダ、ヒロタカです」

 十織はその、ローザリアの者には明らかに発音しにくい名前を耳にして、一瞬頭の中が真っ白くなる。

「私は、異世界人なんですよ」

 ヒロタカと名乗った青年は、そう、悲しそうに微笑んだ。




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