九章 “異世界人の家” 3
西田拓考、片倉十織。この世界では名乗っても覚えられることのない、二つの名前。 「そうですか……あなたも、日本人なんですね」 随分と懐かしい人種の分け方だ。ローザリアに来て以来、十織はずっと“異世界人”以外の何者にもなりえなかったから。 「トオルさん、ですか。どういう字を書くんです? ……ああ、そういう字。“十に織る”、なかなか洒落の利いた、いい名前ですね」 どこが洒落に利いてるのかと問えば、拓考は朗らかに笑う。 「布を織るなら、縦糸と横糸が必要です。“十”はまさに、それの表れでしょう?」 言われるまで、気付きもしなかった。ああそういうことですか、と十織は納得する。 「私は、考え拓くなんですけどね。拓くって、ようは開拓のことじゃないですか。“闇雲に進むだけじゃ駄目だ、頭も使いなさい”って意味で付けたらしいんですけどね」 どうも私は、結構考えなしに行動してしまう性質で、と拓考は頭を掻きつつ笑う。はあ、と相槌を打った十織は、困惑している。十織が日本人だとわかってから、拓考というらしいこの青年、妙に明るい。どうも、大きい犬に懐かれた感じがする。 久々に出身が同じ世界の者に会ったから、なのだろうか。そういえば拓考は、話し相手が欲しかった、と先程言った。こうして会話する者が、いなかったのかもしれない。そこでふと思う。――妻と娘は、どうしたのか。 「あの……」 「ん?」 何やら話し続けていた拓考は、十織が声を上げたので口を閉じ、どうしたんですかと首を傾げる。 「あの、奥さんと、娘さん。どうしたんです?」 立ち行ったことを訊くようですけど、と後付けして視線を向けると、拓考は表情を硬直させる。明らかに、突かれたくない場所を突かれた反応だ。話したくなければ別に、と気まずく目を逸らせば、拓考はしばらく後ため息をついた。 「……そういうあなたの家族は? あなたは何故、この国に居続けているのです?」 今度は十織が硬直する番だ。思いがけない質問に内心動揺していると、拓考はふっと息を吐き、 「わかりました。私の事情を少し、お話しましょう」 虚空を見上げ、何かを思い浮かべるかのように目を閉じた。
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