何かが変わると思った

九章 “異世界人の家”   4





 私は二つの家庭があった。日本に一つ、こちらに一つ。妻が二人、息子が一人、娘が一人。誰といる時が一番幸せだったかなんて、比べられもしない。私は私の子ども達を愛していたし、妻達を愛していた。そして彼らも同様に、私を愛してくれた。……比べられる、はずがない。私は家族が大切だった。とてもとても、大切だった。

 でも、それと同じくらい、その存在が重かった。夫になった。父親になった。幸せでしょうがなかったのに、それと同じくらい、辛かった。

 

 

 私は、この世界に来て、元の世界の家族を捨てた。

 一つめの家族から逃げる口実を、本当はずっとずっと探してた。だから逃げて、この世界で、新しくやり直して生きていこうと、そう思ったんだ。

 

 

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 逃げるのは、その場になれば意外と簡単なもので、ならば何故今まで逃げられなかったのかと言われれば、そこに何がしかの責任と心残りがあって、どうしても手を離すことができなかったから。

 なればこそ、この世界に来たことを理由にそれらから手を離すのはとても簡単で、重荷から解放されようやく羽を広げた鳥の気持ちがわかる。これほど気持ちいいものはない。……その時は、そう思う。

 でもやがて時が経って、いつかふっと、手離したものの重さを思い出す。あの重いものは、どこまで落ちていってしまっただろう。地に落ちて壊れてしまっただろうか、そう思うようになる。気になって探しても、もう遅い。たとえ見つかっても、きっと二度と元の形には戻せない。

 

 

 ――失ったものがもたらしていたものに気付いた時、全ては終わっている。

 

 

 

 

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 実に幸せそうに笑顔を浮かべるセレフェールとキィスに挟まれて、十織はうつむいて坂を上る。

 

“あなたの名前を、正しく呼んでくれるひとはいますか?”

 

 ……何だか、昔よく遊んだお祖母さんの家にいるような、そんな気分になれたの。すごく懐かしい感じがしたわ。

 

“きっと後悔しますよ。私のように”

 

 ……俺も、実家にある秘密の屋根裏部屋で兄さんと遊んだ時みたいな、そんな気がした。楽しかったな、狭くて埃っぽい場所だったけど、さ。

 

“逃げてはいけないとは、言いません。でも、逃げ続けては、いけませんよ”

 

 

 帰り道、拓考の言葉が、幾度も十織の頭の中を駆け巡る。うるさいと唇を噛みしめ見上げた夜空は、星々が瞬き、どこか遠く思えた。




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