セリオールの手記

少年とセリオール





 ぼくとセリオールは、こうして出会った。

 

「セリオール、どうして、ぼくを呼んだの?」

 あの手記を書いたわけを、ぼくは第一に訊いた。セリオールは笑って答える。

「神の書記者がどういう存在か、知ってるかな。神に認められて、文字を記す権利を得た人間。普通の人より、何百年も長く生きるんだ」

 セリオールは、笑っている。

「ごめんね……寂しかったんだ」

 寂しかったと、笑っている。

 ――どんな感じなのだろう。もしもぼくが、いきなり書記者となり、自分が本を書いている間に周りの人が老いていったら。そうして何百年、生き続けて、一人で本を書かなければならないとしたら。

「君が、私の手記を、見つけたの?」

 ぼくは頷く。三冊の手記を、セリオールに返す。

「これを、辿ってきたの。……セリオール、それはもう、いらない?」

 そうだね、とセリオールは手記を大事そうに受け取る。

「……訊いていいだろうか」

 ぼくとセリオールが微笑みあっていると、おじさんが口を挟む。二人揃って目を向ける。おじさんはセリオールを見つめ、ぼくを見つめ、少し目を細める。

「……セリオール」

「うん、何かな」

「この子を、これからどうする」

「……そう、だね。それは、この子に訊いた方がいい」

 ぼくは、緊張で自分の顔が強張るのを感じる。今一番、訊かれたくないことだから。ぼくはおじさんとセリオールの問いかける視線に耐えられず、息子の背に隠れてしまう。

「おい、どうしたんだ? 別に、とって食おうってわけじゃないぞ?」

 息子が笑いながら、ぼくを前に引き出そうとする。ぼくがそれに精一杯抵抗すると、息子は腕の力を緩める。

「……? 何か、あるのか?」

 ぼくを見る三対の目。もう、話さないではおけないのだろう。ぼくは、息子の背にしがみついたまま、口を開く。

 

 

 ――セリオールの手記を見つける直前、ぼくのおじいさんが死んだ。おじいさんは古書屋を営んでいて、お母さんとお父さんが小さい頃に亡くなってから、ぼくを引き取って育ててくれた。おじいさんが亡くなってから、おじいさんの形見の品々を整理した。セリオールの手記は、そのおじいさんが大事に使っていた机の引き出しから見つかったのだ。

 おじいさんはきっと、一人残されたぼくが寂しくないように、セリオールの下へ向かわせたのだろう。もしもセリオールに会えなかったとしても、あの村にいたら会うことのない人々と会うこともできるから、と。……そう、こうして、剣士の親子と出会えたように。

「ごめんなさい……黙っていて」

 嘘をついたと罵られるのは、怖い。ぼくはそれを覚悟して、うつむく。

「……そう、か」

 けれど、誰も怒らない。おじさんが吐息を零して、ぼくの頭に手を置く。

「大変だったな」

 ついで息子が、びくびくするなよ、そんな理由で怒れるわけないだろう、と続ける。

「……怒るわけないの?」

 ぼくの問いに頷いた剣士の親子は、顔を見合わせ苦笑する。そして、前触れなく抱き上げられる。驚いて目を丸くするぼくを間近に見て、おじさんは笑う。

「どうする、セリオールには、会えたぞ。……この後は、俺達と一緒に来るか?」

 そう提案されて、一瞬言葉が出てこない。これほど嬉しい言葉はない。でも……。

 ちらりと、セリオールを見る。ずっと、寂しそうな顔で微笑んでいる。ぼくと目が合って、頷く。提案を受けていいんだよ、と。

 ……ぼくは。

「ごめんなさい、行けません」

 抱えられたままそう謝れば、おじさんは、しょうがないなというようにぼくの髪をくしゃくしゃにする。

「……そうだと、思ったさ」

 おじさんはぼくを下ろし、セリオールと向き合う。そして、頭を下げる。

「セリオール。この子を、頼んだ」

「……え、いえ、でも」

 困惑して言いどもるセリオールの目の前に立ち、ぼくはその顔を見上げる。

「セリオール。……寂しいから、呼んだんでしょう? ならぼくは、ここにいる。ここに、いたい」

 ぼくの言葉に、セリオールは本当に驚いて声を失くし、出てこない声の代わりに、一筋涙を流してぼくに抱きついた。




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