セリオールの手記

二人の少年





 ぼくは、セリオールの助手という名目で、彼と一緒に惑いの森で暮らしている。

 この森は神のもの。神に認められしセリオール、その彼に認められた者ならば、誰でも自由に安全に出入りできる。剣士の親子はセリオールに認められ、一年に数回、ぼくとセリオールの下を訪ねてくれる。だがここ一年ほどは、剣士の息子が一人で来ることが多くなった。

 ――ぼくとセリオールが出会って、五年が経つ。ここ最近、ぼくには少し、異常が起きている。だから、今度剣士の親子が来たら、ぼくは……。

 

 

 その日、リューがぼくらを訪ねてきた。

「久々、ロー。元気?」

 前に会ったのは、三ヶ月ほど前だっただろうか。リューの髪は少し伸びて、背もまた伸びたようだ。ぼくより頭一つ以上高い場所からぼくを見て笑う。ぼくも笑みで答える。

「ロー、セリオールは?」

 執筆中だと言えば、そっかと頷き、リューは適当に腰を下ろす。ぼくはお茶を用意して、その前にすとんと座る。……話したくない。でも、話さなければ、今度こそは、怒られる。

「どうかしたか、ロー」

 ぼくがうつむき気味なのを見て、リューがそう訊く。……話さなければ。

「リュー。……もう、ぼく達に、会いに来ないで」

 リューは一瞬、何を言われたかわからなかったようだ。きょとんとした目をして、それから、いきなり怒る。

「何言ってんだ!」

 話の切り出し方を間違えたようだ。ぼくはあわあわしながら、理由を説明する。

「ぼく……“書記者”になったんだ。セリオールと同じで、年を、取らなくなったんだよ」

 だから、一緒にいたら、いつかリューが先に逝く。ローはそれに耐えられない。兄のような友のような存在が、必ず自分を残して逝くことを、わかっていて付き合うなんて。

「リュー。ぼくは、リューよりもずっと長く、生きるんだよ」

 ――生きる長さが違うというのは、一緒にいる上で、果てしなく不利な条件だ。

 リューはさすがに黙り込み、言葉を探す。寂しいけれど、ぼくは、リューと別れる覚悟をもう決めている。

「……馬鹿かっ!」

 そして、また前触れなく怒鳴られる。びくっとしたぼくの頭を痛いほど掴んで、リューは、鼻と鼻が触れるほど近くでぼくを睨む。

「お前、馬鹿!」

 馬鹿馬鹿と連呼され、さすがに反論しようと口を開くと、リューは勢いよく頭突きをする。

「った……!」

 目の前に星が散る。額を押さえ涙目で呻くぼくを見て、自分も痛かったらしいリューは、同じく額を押さえながら得意げに笑う。

「ふん! お前があんまり馬鹿なのが悪いんだぞ!」

 何がそんなに馬鹿だというのか、恨めしげな目を向けると、リューは胸を大きく張り、

「お前さ、それじゃ、セリオールと何も変わらない。セリオールだって結局、寂しすぎてお前を呼んだ。……別れは、つらいけど、出会ってからあった沢山のいいことは、そんなものじゃ消えないだろ?」

 言われて、目から鱗が落ちたように思う。でもどうしても不安で、はいともいいえとも言えず目で訴える。

「しょうがないな、お前は。大丈夫だよ、俺は、いつどこでどうやって死んでも、お前の心の中にいるんだから」

 ……お前が思う限り、俺はずっと死なない。リューはそう笑う。

 ぼくはよくわからなかったけれど、わからないなりに思うところもあって、リューの考えを受け入れた。ぼくだって、本当は別れたくなんてなかったから。

「……リュー」

「ロー」

 ぼくの言葉を遮って、リューがぼくの名を呼ぶ。微笑んで。

「筆記者になれて、よかったな。おめでとう」

 あまり嬉しくなかったのに、リューに言われると、途端喜ばしい気がする。

「……うん。ありがとう、リュー」

 だからぼくも、微笑んで答えた。




六話へ   目次へ   エピローグへ